1990年 0歳
千葉県船橋市の病院にて、末っ子長男として誕生。

1992年 2歳
雪の中でも、元気に遊んでいました。
日本の4番産業である自動車が昔から好きでした。

1996年 6歳
年長組のリレー。当時のフォームが全盛期。

1999年 9歳
高根台第三小学校に入学。
「習志野台スターズ」にて野球をやっていました。
関東大会に出場しました。

2005年 15歳
江戸川学園取手中学校入学。
サッカー関連の思い出がたくさん!

2008年 18歳
江戸川学園取手高校でもサッカー。
頼もしい仲間も増加!

2010年 20歳
早稲田大学でもサッカーを継続!

20歳
早稲田3大政治サークルの1つである
「鵬志会」に入会。
追いかけ続けた野田先生の事務所でインターン開始。

2011年 21歳
日本国民と北方四島に住むロシア人住民との相互訪問による
交流であるビザなし交流に学生代表として参加。
領土に対する思いを強くする。

21歳
野田先生が内閣総理大臣に就任。
水沼は鵬志会幹事長となる。

21歳
ボストン・コンサルティング・グループ元日本代表
である内田和成教授のゼミに入室。
仮説思考をはじめとする競争戦略を学ぶ。

2012年 22歳
初の総選挙お手伝い。
野田政権が退陣し、自身も鵬志会を引退。
失意の中、就職活動へ。

2013年 23歳
社会課題の解決を目指し、東京海上日動に入社。
連帯によって将来不安を解消する営みに、
再チャレンジ可能な社会への希望を見出しました。

2014年 24歳
初任地は札幌配属。
早朝からディーラー営業マンの皆様と一緒に車を洗い、
そのまま朝礼で10分間、保険の話をさせてもらう日々。
「理論で人は動かない」と身をもって知り、
とにかく会って信頼関係を深めようと、
毎月1,000kmほど運転して各販売店を回りました。

2016年 26歳
インドへ語学研修。社費にて短期留学。
成長著しいインドの空気を存分に味わいました。

2017年 27歳
横浜中央支店に異動。4市町を主要顧客とする営業を歴任。
認知症となった高齢者の行動をカバーする保険や、ひとり親家庭が得るべき養育費を担保する保証機関型信用保険を担当しながら、新たな保険ソリューションの提案やクライアントの課題に寄り添った事業共創にも従事しました。

2018年 28歳
東京海上日動労組において、神奈川分会委員長(準専従)となる。
約700名の分会所属組合員と共に、働くことを軸とする安心社会の実現に向け尽力しました。

2019年 29歳
地元船橋のNPO法人である「情報ステーション*」の理事に就任。
民間図書館をはじめとした、あらゆる世代の居場所づくりや、
文化と経済の持続的発展に向け取り組む。
*総務大臣賞、千葉日報地域きずな賞ほか褒賞を多数受賞

2021年 31歳
社内FA制度であるジョブリクエスト制度に応募し、
東京海上日動あんしん生命に出向。
東京海上グループ唯一の社員直販チャネルである
ライフパートナーカンパニーにて、
営推企画・新規事業戦略立案・採用支援業務に従事。

2023年 33歳
東京海上日動火災保険株式会社を退社。
全てを捧げ政治活動へ